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白河市:釜子陣屋跡

 

白河市東釜子周辺は、江戸時代中期から明治維新まで越後高田藩の飛び地で、

藩の役所である「釜子陣屋」が置かれていました。

越後髙田藩は石高15万石でしたが、越後本領内の石高は6万石で残りの9万石は飛び地の奥州浅川領に有った為

村替えを実施し本領の石高を増やし奥州領の石高を減らす政策を行いその一環として

奥州領の陣屋を当初の浅川から釜子に移し、維新までの約60年間ここに陣屋が有ったそうですが

現在は解説版が有るだけです。

 

戊辰戦争で高田藩は新政府軍に付いたが、同陣屋は幕末の動乱で高田藩との連絡が途絶え、

このため奥羽越列藩同盟の勢力圏に位置していたことから、藩士たちは旧幕府軍に身を投じる結果となった。

白河は、新政府軍と奥羽越列藩同盟軍を中心とする旧幕府軍の約100日間に及ぶ白河戦争の激戦地となり、

釜子陣屋は藩士が引払う際に火を付けた為、建物も文書も全く残っていないのだそうです。

市内の寺に同陣屋の高田藩士27人の墓があります。

 

日中線 熱塩駅 幻の野岩羽線

旧国鉄 日中線熱塩駅

日中線は昭和13年、喜多方と熱塩の間11.6㎞が開通し

昭和59年3月廃止となっています。

 

 

野岩羽線とは下野(栃木県)岩代(福島県)羽前の国(山形)を結ぶ計画が有り

結局は一部区間のみの開通で終わってしまった幻の計画です

日光→会津→米沢を結ぶという東北縦断鉄道です。

 

もし、戊辰戦争に会津が勝利していれば

開通していたかもしれませんね。

 

それにしても、暑い日が続きますね

残暑お見舞い申し上げます。

 

待ちに待った天気 梅雨明け

本日、郡山も梅雨明け宣言

長雨で伸びた草、長いものは事前に刈っておいたので

今日は事務所の敷地内の除草剤を撒いておりました

昼前から始め、昼食を挟んで3時頃完了。

 

充実感に浸りながらのんびりしていると、ポツポツと雨音

豪雨となり、無駄な1日となってしまいました。

嫌だ!

 

もう一度やり直し・・・・

 

トンネル点検

トンネルの劣化点検 自社の関連会社でやっています。

福島県内で現場が有るとの事で暫く前に同伴しました。

 

公園施設関係の仕事をしていた時も

安全管理の点検をしていましたが、同じような感じでしょうか

 

入梅前の日差しの強い日でしたが

山間の風が心地よく感じました。

小野町 和久稲荷神社

小野町で仕事の現場が有りましたので下見、

近所に和久稲荷があり立派なお稲荷様が有りましたのでご紹介。

 

大正時代の建立、須賀川の石工の制作でした

 

こちら側は母キツネ、乳飲み子を抱えています

残念ながら口先が折れていますがこの頃の作品はやはり良いですね、

戦後の高度成長と引き換えに何か失ったものが有るように思います。

 

小林和平:福島県石川町

石川町で仕事の打ち合わせの合間の時間にちょっと寄ってきました。

石都々古和気神社参道口にある小林和平の昭和5年の作品です。

 

親獅子に寄り添う三頭の子獅子。

仲良くじゃれあう二頭の子獅子とこちらを見つめる一頭の子獅子はいずれも和平の子供で、

赤ん坊の頃亡くした「長男」と「次男」さらには十五歳で亡くした「長女」の

三人に想いを重ね合わせて彫られたものとして知られています。(石川町HPより)

 

 

中世の山城が有りますが、江戸の宿場町の面影を残す町です、

宿泊して、今度ゆっくり散策したいと思っています。

 

外出自粛中の散歩:ビックパレット

外出自粛中の夕方

郡山のアパート周辺を散歩

イベント施設の「ビックパレット」

施設の屋根の形がパレットに似ているからでしょうか

 

通常ならGW中イベントが開かれて賑わっているのでしょうが

閑散としておりました。

 

 

連休も終わり

 

コロナ騒動の渦中でゴールデンウィークも終わり

今年は郡山のアパートで独りで過ごしていました

緊急事態宣言が解除され最初の週末の今日は

街の様子も人出が多いように思われます。

 

子育ても終わり、後は親を送るだけの歳になった者としては

生活に現実感が湧かず、時折無性に孤独感を感じることが有ります。

 

散る桜残る桜も散る桜

東北の地、郡山では桜が満開です

コロナウィルスで例年と違い静かな花見の季節となりました。

 

私の会社でも何人かの同僚がこの春に退職してゆきました

残りの人生を各々それなりに生きてゆくと思います

 

近所の公園で満開の桜を観ながら

良寛の句「散る桜 残る桜も 散る桜」

思い出しました

 

磐梯山と磐越西線

川桁駅方面から磐梯山を望む

 

この近くの観音寺川の桜は近年人気が出て

時期には小さな川の両岸は人で賑わいます

今年は人混み禁止ですのでどうなるか・・・

川桁駅は以前にも紹介しましたが

廃線になった沼尻軽便鉄道の始発駅でした。

懐かしい廃線前の様子が有りましたのでこちらもリンクしておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=mmxjwxhtfOk

 

硫黄の採掘で賑わったこの鉄道も、昭和40年頃には衰退し

薬師寺一馬・住谷甲子郎(福田赳夫の甥)により電鉄株のネームバリューを使った仕手株となり

最後は倒産・廃線となった哀しい歴史があります。